森の底

何かになれない蛹の話

就労移行支援事業所入所日記① 本当の自分って?

心の中に溜まったモヤモヤをすっきりさせたくてPCを開くことができました。

今回は思ったことつらつらと書いていこうと思います。

全く纏まりのない日記です。

きっといつかブツリと終わります。

 

 

就労移行支援事業所に通うようになって早数か月経ちました。

かなりゆっくり前に進んでいる感覚です。

でも通うようになって考え方が広がったというか、より色々なことを考えるようになったというか…

思考の癖でかなりどんよりしてしまうことは依然としてあるのですが、前向きに物事をとらえられるようになったなと思います。

 

良い言い方ではないかもしれないけど、事業所には会社や学校とかよりも個性的でいろんな考え方をする人が多いなと思っています。

コロナの影響で積極的に話すことは避けているし、事業所でもグループワークは減らしているのですが、発言の場で入所者の話を聞くと、当たり前すぎて何とも思っていなかったことや感情として存在はしていたけど言語化できなかった感情を言語化できたり、刺激が多いなと感じます。

他の人の良いところや癖を考えたりすることが、自分の内面をさらに知ることができて変化にも気づけるところがとてもいいなと思います。

 

就活では数値としてというか、性格診断で自分の意識だけで自分の性格を選択して、その結果を企業側が判断しますよね。

就活生当時は、自分をよく見せるためのツールの一つだと思って恣意的に回答を操作して話しやすい結果が出るようにしていました。正直、基本的どの回答を選んでも自分にその要素は少なからず含まれているから、どう話すかによってで説得できる話ができるかだよねと。

でもその性格診断、受ければ受けるほど極端(とてもあてはまる、全く当てはまらない)な選択ばっかになっていったんです。印をつけたり、クリックするたびに自分はそういう人間だと刷り込まれるみたい。

答えている最中や面接中はその人間を演じている感覚なので何とも思わないのですが、終わって帰路についたときにふと自分って本当にこんな人間だったっけとぐるぐる考えてしまうのです。

 

 

就職が決まってもう性格診断をしなくていい立場になれば、考えなくてもいつかは忘れてしまうのかなと思っていたのですが、私は就職ができませんでした。

精神的にも体力的にも参ってしまった私は自分ってどんな人間だったか分からなくなってしまい、考える事さえ放棄しました。

 

就労移行支援事業所に入所して、まず職員さんとカウンセリングをするのですが、その時いろんな記憶がふつふつとよみがえってきて、私ってこんな人間だったなと思い出せました。しかしそれは過去の私なんです。

講座を受けると、比較的基本的なことをやるので当たり前じゃんと思う事が多かったです。それってなんで当たり前なんだろうとか、意見が異なる人に対しては何でその意見に対してこういう感情がわいてくるのだろうと考えると、私の考えの軸ってこういうことがあって生まれたものなんだなと理解できるようになりました。

そして知能検査。客観的な数値で自分の傾向が示されることによって、私はより理論づけて自分のことを見ることができました。知能検査についてはそのうちブログに書きたいなと思います。

 

就労移行支援事業所に通ってから、やはり自己分析はじめ就活は短期的にやるものじゃないなと思いました。

自分のことだからといって果たしてその数分でした性格診断で、数日で考えた自己PRで自分のことを把握できるのでしょうか。何となく自分でも考えすぎだとは思うのですが、就活と本当の自分って関りがあるようで別の話だなとも思うのですが…(ここで言いたいことがまとまらなくなる)

 

自分の性質って変化していくものだからそこまで難しく考える必要はないけど、就活というワードをはさむとつい考えすぎてしまう気がします。

過去の自分は自分であるけど自分ではないとはこのことで、変化する中での「今」の自分を切り取るけど、就活では過去の自分と結びつけることも多くて、結局本当の自分って?と堂々巡りしてしまう私です。